製品特性・品質の変化を考慮した企業合併シミュレーション

2021年9月11日

本資料は、『経済セミナー』2014年6・7月号掲載の同名記事(「海外論文SURVEY」)の転載です。

以下の論文のエッセンスを解説しています:

Fan, Y. (2013) “Ownership Consolidation and Product Characteristics: A Study of the US Daily Newspaper Market,” American Economic Review, 103 (5), pp.1598-1628.

 

遠山祐太/早稲田大学政治経済学術院准教授

はじめに

企業合併に関する分析は産業組織論における重要な課題の1つである。企業合併には、企業数の減少にともなう市場支配力の向上(反競争効果)と、規模の経済などを通じた合併企業の生産性向上(効率性向上効果)という 2 つの効果が存在しており、合併がもたらす社会厚生への影響は必ずしも明らかではない。したがって、合併事例ごとにその合併がもたらす帰結を評価することが重要となる。日本を含めて多くの国では、競争法(独占禁止法)によって企業合併に際しては当局の審査が求められており、その際企業合併が消費者に与える影響、とくに合併による製品価格の変化が合併評価のポイントとなっている。

以上のような実務的要請も伴い、企業合併の文献においては理論研究・実証研究含めて数多くの蓄積がある1。とくに近年の実証研究では構造推定アプローチと呼ばれる、データを用いて経済モデルを推定し、反実仮想シミュレーションを行う手法が栄えている。この方法は合併分析に適しており、昨今の多くの研究においてシミュレーションが用いられている2。しかし、従来の分析における主眼は製品価格への影響にあり、その他の要素への影響、とくに製品の特性や品質への影響を捨象した分析が主流である。当然のことながら、企業間の競争は価格を通じたもののみならず、製品特性の選択も企業戦略の重要なものの1つである。また、消費者余剰は価格のみならず製品特性にも依存するものである。

今回紹介する Fan (2013) では、企業が製品価格のみならず製品特性を内生的に選択するモデルに基づき、合併による製品の価格や特性への影響を同時に分析するフレームワークを提示している。米国の新聞市場のデータを利用して提案したモデルを推定し、仮想的な企業合併が発生した場合の製品価格、製品品質、そして社会厚生の変化をシミュレーションによって評価している。とくに従来用いられていたような製品品質を外生とした場合と内生にした場合の結果を比較することで、従来捨象されてきた製品特性や品質への影響が無視し得ないことを定量的に明らかにしている。

 

新聞市場の需要・供給モデル

新聞市場の特徴として、新聞紙面を購入する読者と、新聞広告スペースを購入する広告主という 2 グループの消費者が存在する双方向市場(two-sided market)であることがあげられる。新聞社は両者の相互関係を考慮した上で、新聞価格と広告価格を決めている。また、既存の研究からの重要な拡張として、新聞紙面のコンテンツ(製品品質)についてもモデル上内生的に決定される。最初に需要モデルの詳細について説明し、その上で新聞社の利潤最大化行動、モデルの均衡概念について説明していく。

新聞購読の需要モデルは、家計が最大2誌まで購入することを許すような形の離散選択モデルとして定式化している。家計が新聞を購入する際の効用は新聞価格、新聞のコンテンツに関する指標(製品品質)などによって決まる。後者については、(1) コンテンツの品質指標、(2) 地方記事の比率、(3) 記事内容のバラエティを用いている。(1) は、社説欄のスタッフの人数、記事スペース、そして記者の人数の関数として定式化している。一方で、広告需要関数は、新聞の広告価格および新聞の発行量に依存する形で与えられる。これは、発行量が多いほど広告としての価値も高まるという双方向市場の特徴を捉えている。

続いて、供給サイドについて説明していく。1つ目のポイントとして、ある1つの会社(以下、オーナー)が複数の新聞社を保有することを許しており、オーナーは自らが保有する新聞社の利潤の総和を最大化する。各新聞社の利潤は、(1) 発行から得られる利潤と、(2) 紙面広告から得られる利潤との和から、(3) 新聞コンテンツ(製品特性・品質)にかかる固定費用を引いたものとして与えられる。(1) は発行収入から発行費用を引いたものである。なお、発行費用はそのオーナーが保有する他の新聞社の発行量にも依存しており、新聞の発行に関する規模の経済を導入している。(3) については前段落で紹介した新聞コンテンツによって決まり、発行量には依存しない固定費用となっている。

オーナーの意思決定は2段階の問題として記述される。1段階目では自らが保有する新聞社の新聞コンテンツを決定し、2段階目においてはコンテンツを所与として発行価格と紙面広告価格を決定する。その際、自分がいる市場における他のオーナーが保有する新聞社との戦略的依存関係を考えて、戦略を決定している。解概念として部分ゲーム完全均衡を用いており、新聞社ごとにコンテンツ、新聞価格、そして広告価格に関する均衡条件が得られる。

 

データおよび推定方法

推定には、1997年から2005年における新聞社/年次のパネルデータを用いている。変数として、発行価格、発行量、広告価格、広告料、新聞コンテンツの内容が利用可能である。

留意点としては、発行費用やコンテンツ選択の固定費用に関するデータを直接観察することができない点があげられる。この点は差別化財の需要・供給モデルの推定における典型的な状況であるが、モデルの均衡条件を用いることで費用パラメータを推定する方法がよく用いられている。一例として、新聞価格に関する均衡条件は「限界費用=限界収入」として与えられる。需要関数から限界収入がわかるため、この式を限界費用の推定に用いることが可能である。実際の推定に際しては、均衡条件および紙面需要・広告需要から導出されるモーメント条件を用いて、すべてのパラメータについて同時に推定している。

 

合併シミュレーション

推定したモデルを用いて、筆者は仮想的な合併のインパクトについてシミュレーション分析を行っている。事例として、実際には米国司法省が差止めたミネアポリス・スター・トリビューンとセントポール・パイオニア社の合併について、両者の合併が実現した場合の状況をシミュレーションしている。両新聞社が販売を行っているミネアポリス近郊の市場には他に 3 新聞社が参入しているため、5 新聞社間の市場競争を考えている。仮想的な状況として両新聞社が同一のオーナーのもとにおかれた場合の市場均衡条件を数値計算によって解き、その場合における新聞の発行価格・広告価格・製品品質を求めている。また、これらの変化に基づいて、消費者余剰・生産者余剰の変化についても計算している。

 


表1 スター・トリビューン社とパイオニア・プレスの合併による社会厚生の変化

 コンテンツ外生コンテンツ内生
新聞購読の消費者余剰222万ドル
4.67%)
328万ドル
6.87%)
広告の消費者余剰n.a.
4.66%)
n.a.
7.10%)
生産者余剰+423万ドル
36.41%
+432万ドル
37.25%)

(注)広告需要者の厚生に関しては、データ上その水準を計算することができず、パーセント変化のみの計算となっている。詳細は原論文を参照。 (出所)Fan (2013) Table 7より作成。


 

表1は合併の厚生評価の結果を示している。今回の主眼である製品特性・品質の重要性について考えると、新聞コンテンツを外生でシミュレーションした場合3と、内生でシミュレーションした場合とで大きく結果が異なることが読み取れる。新聞社の利潤(生産者余剰)変化についてはさほど差が見られないものの、新聞紙面の消費者余剰の減少幅には大きな差が見受けられる。これは、合併にともなって新聞社が価格を上昇させるのみならず、製品品質を低下させていることに起因している。具体的には、コンテンツ品質の指標や地方記事比率などが低下している。当然ながら製品品質の低下は消費者余剰を低下する方向に寄与し、結果として消費者余剰の低下幅が大きくなっていると考えられる。

 

おわりに

本論文はこれまで企業合併の経済分析で捨象されてきた要素を取り込むモデルを提示すると同時に、その重要性を数値的に描写している。分析の題材として新聞市場という特定の産業を用いているものの、モデルのフレームワークや推定方法などは他の産業・事例にも適用可能なものであると考えられる。企業合併に関する研究は政策的観点からの要請も強いものであり、今後さらなる進展が望まれる研究課題の1つと言えるであろう。

 


参考文献

 


1 企業合併に関する比較的新しいサーベイとして、Whinston (2006) を参照されたい。また大橋(2013)では日本における合併例を踏まえつつ、企業合併の経済分析例を紹介している。
2 合併シミュレーションに関する基本的な方法としては、Nevo (2000)および Davis and Garcés (2009)を参照されたい。
3 このシミュレーションは、新聞コンテンツはデータ上のもので固定した上で、新聞社の競争の 2 段階目(新聞価格と広告価格の決定)の均衡条件を解くことによって行われている。